ダーウィンの進化論で猫を語る

チャールズ・ダーウィンの進化論では自然選択説を提唱している。

自然選択説とは、すごくざっくり大雑把にかつ一部間違った言い方で説明すると、

その時の自然環境に最も適した遺伝形質を持つ生命体が生き残っていくことで、徐々に生物の形質が変化していくこと。それが進化である。という説だ。

中にはとても自然淘汰で説明がつかないのではないか?というような奇妙な進化を遂げた生物も存在する。なぜ、蝶の羽はあそこまで複雑な模様なのか?なぜあの昆虫は、他の生物に擬態することが可能なほどの形質を獲得したのか?進化とは本当に摩訶不思議なものである。

ここで、猫という存在について、ちょっとだけ考察してみたい。

あの生物が自然淘汰の末に存在しているとすれば、どのような淘汰が働いたのであろうか?

私はそこに人の存在が大きなインパクトを与えていると思っている。

はっきり言って、猫は可愛い。大きな目に、適度な小ささ、かつモコモコ、フワフワした毛並み。なついたときの愛嬌の良さ。これが生存にどれだけ有効な特徴であろうか?

当然これらは、自然界での生存に大きな利点とはならないと思う。しかし、愛玩動物としてのメリットは計り知れない。

猫ほど、可愛いという特徴に特化した生物はいないのではないか?とすら思えてくる。

つまりそういうことなのでは?

猫というのは、人に可愛がられるために存在すると考える。つまり、可愛くない猫は今まで淘汰されてきた、現在生存している猫というのは、天使がごとく可愛いのだ。

可愛さを武器に自然選択から生き残った生物が猫だとしたら、あの生物が人をこれだけひきつけてやまない理由が少しわかったようになる気がする。

何が言いたいかと言うと、私は猫好きであり、猫ほど完璧な可愛さを有する動物を知らないということだ。

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